このところ外部からの投稿による参加者が増えており、文芸館・美術館にとって大変喜ばしいことと思います。さて新年早々より、また新しい投稿者、出展者が登場します。

私は、この絵を初めて見た時に、ある種の衝撃を受けました。衝撃と言うと激しいもののように聞こえるかも知れませんが、そうではなく、この絵から伝わってくるものは、何とも言えないやさしさ、ほのぼのとした温かいものなのです。

この絵を是非「ハイムのひろば美術館」で紹介したいと思ったのは、どうすればこのような絵が書けるのかを知りたいと思ったからかもしれません。みなさんのこの絵をご覧になっての感想を是非お聞かせください。そうすることで私自身の疑問がいつか解けることを期待しています。

令和2年の年明けから、「ハイムのひろば美術館」にさまざまな絵画を順次展示して参ります。どうぞお楽しみに!

因みに、この絵の作者・土谷さんと、文芸館で「やまちゃんの気まま旅」でお馴染みの山仲さんは高校の同窓で、この絵の中には山仲さんも描かれています。

【人物紹介】
氏名 土谷重美(つちたに しげみ)
奈良県吉野郡西吉野村に農家の長男として生まれる。
小学校は、全校生徒165人、中学校は85人という過疎地である。
大学時代はアイスホッケー部。アルバイトは、殆どがデパートの販売員などを選ぶ中、ゴミ収集、家の解体、鉄工所など、学生でないと経験出来ないことをやる。
就職は、経済学部の仲間は皆、銀行とか大手商社、生命保険などの一流会社を狙うが、敢えてメーカーを志望し、T工業に入社。理由は、祖母の戦時下の物資不足の話を聞かされていたことによる。
工場研修の後営業に回されると、女子事務員から猛烈なアタックを受ける。一年も経たない内に「ツバキのジュリー」(ツバキは社名から)として社内報にも採り上げられ、「誰がジュリーを射止めるか」が彼女達の一番の関心ごとであったという。
定年後の退屈な生活を予想して、その2年ほど前から文化教室で水彩画を習い始める。モジリアニが好きで、はじめは油絵の模写から始めるが、やがて漫画の世界へと魅せられていく。アニメの手法を学びプロを目指すが断念。以後、独自の世界へ。
近年は毎年、中国へスケッチ旅行に出かけている。
奥さまの反対を振り切って身の丈に合った800ccのバイクを愛用している。

(八咫烏)